第5回は、きものや帯地の製造・販売を行っている今河織物㈱の社長、今河宗一郎(いまがわ・そういちろう)さんにお話を伺いました。
──本日はよろしくお願いします。今河さんといえば、おおばさん、安田㈱さんと協力して行っている「N180」が近年話題になっています。
動画配信やNFTなどさまざまに活動しておられますが、今河さんとしてはどのような狙いがあるのでしょうか。
〈今河さん〉
狙いというと難しいですが、現在は織屋でできる可能性を探るように活動しています。NFTアートを活用したけん玉やスケートボードを例にしましょう。図案は和装から出たものであっても、その製品自体は和装とは関係ないわけですから、商品を買っていただければ「和装とは違うマーケットにリーチした」ことになります。その経験から得られるものもありますし、そうして得た繋がりから、和装関連の取引が始まる例もあります。
これはデザインを活用した例ですが、デザイン以外にも、西陣織はさまざまな要素を含んでいます。歴史に始まり、関連工程の職人技や道具、織屋建ての建築など……現在商売道具になっていないものを、何が商売道具になるのか探っている状況です。
──先日のジャパン・クリエーションや新市場開拓展では「N180」の連名で出展しておられました。団体としてまとまって、成果は感じておられますか。
〈今河さん〉
具体的なことはあまり言えませんが(笑)感覚としては、N180を通じて、各社の需要が高まり続けていると感じます。このまま、N180ではさまざまな実験をしていき、西陣ではやったことがないような取り組みを続けていく予定です。
──本業の帯・きものについて伺います。先日の西陣織大会では着尺を出展していらっしゃいました。
〈今河さん〉
弊社はもともと御召のメーカーです。昔の西陣は、帯と同じくらいきもののメーカーがありました。市場環境の変化・他産地の強力なライバルの伸長で大きく数を減らし、業態の転換を迫られた経緯があります。
弊社もそのうちの一社で、弊社の場合は帯を作っています。とはいえ御召からの撤退もせず、現在も細々と作り続けています。帯ときもののどちらも作っていることで、ファッションとして大切な「合わせる」という意識があるのは、強みの一つといえると思います。
──ファッションへの言及がありましたが、どのような特徴があるのでしょうか。
〈今河さん〉
まずは実用性です。御召には「御召緯」という強撚糸の緯糸が使われています。御召緯は縮む性質が強い糸ですが、その性質を利用することで経糸とのかみ合いが生まれ、しっかりした繊維を作ることができます。軽くて薄くて丈夫な、機能性の高い製品が作れるわけです。
伸縮性にもつながります。少しストレッチがある素材のためシワが取れやすく、普段着として使いやすい素材になります。普段着として望ましい、一日出かけても負担の小さいものが実現できます。
──その強みは、帯の製織にどのように生かされていますか。
〈今河さん〉
実用的な面でいえば、経糸の本数の多さが摩擦力を生み、緩みにくい帯の製織に生かされています。普通、西陣の帯屋の場合、経糸の本数は1800~2400本が主流です。一方で弊社は5000本で、その分密度が高くなります。御召はふつう4000本ですから、御召の技術が生きているといえます。
──デザインとしても、帯屋ときもの屋で何か特徴があるのでしょうか。
〈今河さん〉
やはり、きもの屋から出た帯と、最初から帯を作っていたところの帯は違います。大雑把にいえば、きもの屋は経糸の技術、帯屋は緯糸の技術を持っているといえます。
帯屋は緯糸をコントロールして、文字通り立体的な表現を行います。一方、きもの屋は経糸のコントロールを通して生地の質感を操り、それによって立体感を作ります。弊社の風通織のように、経糸ならではの表現もありますが、帯屋さんのような絢爛豪華なものは厳しいところがあります。結果として、カジュアルで落ち着いた風合いの製品が多くなります。
──御召緯を使うことで、デザインに制約が生まれることはあるのでしょうか。
〈今河さん〉
実は御召緯は、白と黒の二種類しか基本的に流通していません。染めムラができやすい性質があり、濃く染めても影響の小さい白と黒が主に使われます。
ただ、弊社では弊社なりの工夫で、緑や紺の御召緯も使っています。手間とコストがかかりますが、デザイン的な制約を乗り越えられる点が魅力です。
──N180を軸に、和装らしくない事業も行っているなか、今後も軸足はきものや帯と伺いました。今後どのように進んでいくか、何か展望はおありですか。
〈今河さん〉
時代の変化を楽しみつつ、乗り越えていける企業でありたいと考えています。
自分が楽しいと思えない、誰かを幸せにできない仕事は続けられないと感じていますし、今河織物の商品を手に入れた人に、長く幸せでいてもらいたいと思っています。
例えば、何十万も払った商品が他社のコピー品であったらどうでしょう。それに気づいたときガッカリしてしまいます。このようなことが起きないように取り組んでいきます。
西陣の果たしてきた役割を考えると、西陣は織物の産地である以上に、繊維の開発産地であったように思います。他の地域では見られないほどの種類の糸や染色技術があり、新しい織物が生まれてこれた土壌がありました。その中で育まれた、新しいものを作ろうとする機運と多様性を受け継ぎたいと考えています。1200年のあいだ織物が作られてきた西陣の歴史の中の一員として、先人たちへの感謝やリスペクトをもって事業をしていくつもりです。