西陣の織屋さんを紹介します「西陣織屋紹介」。第6回は、きものの製造・販売を行っている㈱秦流舎さんの社長、野中順子(のなか・じゅんこ)さんにお話を伺いました。
──本日はよろしくお願いします。秦流舎さんは、昨年の西陣織大会で多くのご受賞をされました。どのようなことを意識して出品されたのでしょうか。
〈野中さん〉
一貫したコンセプトとしては、「御召は着るもの」という考えにもとづき、所有価値より使用価値を重んじることにしています。西陣の伝統を生かし、現代に合う技術を使ったものを出品しました。
例を挙げると、縞の経糸を使い、全体が紗で織られた縞経(しまだて)の本紗(ほんしゃ)があります。明治時代にジャカードが入ってきてからは、緯糸で柄を出すものが増え、整経の重要性が下がってしまったようです。整経での表現を残したいという意味も込めて、今回は縞経にこだわったものも出品しました。
それから、先染めの織物に染や刺繍を入れつつ、よく見ないと織・染・刺繍のどれかわからないようにすることも意識しています。
──織・染・刺繍をわかりにくくすると、どのような効果が出るのでしょうか。
〈野中さん〉
作品としての奥行きや深さ・面白さが出ます。異なる技法をうまく組み合わせれば、1足す1が3にも4にもできます。今回の西陣織大会は、それがうまくいった例だと思います。織られた生地に調和した染めでないと、1足す1が0.9になってしまうこともあるので難しいですが。
先染めの紋紗をはじめ、そうした調和を日々研究しています。
──きものを作るうえで、デザインのテーマもあるのでしょうか。
〈野中さん〉
実は毎年、テーマを決めています。昨年は「洒落さび」で、お茶の「わびさび」とお洒落を組み合わせた造語です。お茶をされる人は、わびさびを大切にした着こなしをされます。
お洒落すぎると奇抜になる一方、地味すぎても野暮ったくなります。その間をとって、お洒落さを残しつつ、わびさびを感じられるものを意識していました。
お茶室に入るときはともかく、家から出てお茶室に入るまで、お茶室から出て家に帰るまでは現代の道を歩かないといけません。ですから、現代の街並みにも調和するように考えています。
この「洒落さび」路線は、あと1~2年ほどは続けるつもりです。
──そろそろ入学式や卒業式の時期ですが、それに合わせるにはどのようなものが合っているのでしょうか。
〈野中さん〉
先ほどの「洒落さび」がちょうど合っているように思います。入学式や卒業式は、やはり主役はお子さんですから、あまり奇抜でアバンギャルドなものは好まれません。
親御さんを名脇役にできるものと考えると、上品さの中にお洒落さがあるものがいいでしょう。すると、先ほど説明したような「洒落さび」の風格のあるきものがぴったりです。
──先ほど、西陣織大会では伝統を生かせる作品を出展したとのお話がありました。これは普段から意識されているのでしょうか。
〈野中さん〉
意識しています。伝統とはその時代に合わせて変化させるべきもので、そのまま継ぐだけなら遺産と呼ぶべきです。近頃は夏の暑さがいっそう厳しく、暑い時期も長くなりました。きものを着るのが修行にならないようなものが必要になっていくと考えています。
これは生地の話ですが、他にも柄や色も変化していると思います。例えば平安時代では、ろうそくの明かりのもとできれいに見えるようなものが好まれていたそうです。一方で現代はどこでも蛍光灯で照らされており、格段に明るくなっています。この変化に合わせて、色合いが変わっている側面もあります。
社会構造の変化も見逃せません。女性の地位が高くなるほど服が軽くなると聞いたことがありますが、これも重要な視点だと思います。平安時代の十二単は極端な例としても、直近では、昔は売れていた900グラムほどのきものが売れなくなりました。男性同様、女性も動きやすさを重視する現代の生活スタイルを踏まえて、風合い・重さ・柄・色などに気を配っていく必要があるでしょう。
──もうすぐ染と織の展覧会があります。どのようなものを持っていかれるのですか。
〈野中さん〉
染と織の展覧会は、わりあい多種多様な人がいらっしゃる印象です。ですから、王道の秦流舎らしいものを持っていく予定です。この前のきものサローネはカジュアル志向の人が多く、銘仙をカジュアルらしくしたもの、デニム生地のものなど普段使いしやすいものを持っていきました。今回の染と織の展覧会では、織と染・刺繍が調和したものを見ていただく予定です。
─今後の商品開発について、挑戦していきたいことはありますか。
〈野中さん〉
時代に合わせて使用価値を追求するスタイルはそのまま継続しつつ、今後は異素材への挑戦も考えています。絹を捨てる気はありませんが、洗えるシルクなどの利用は検討できると思います。風合いの問題や化繊の加工先など、そう簡単に取り入れられるものでもありませんが。
求められるきものの用途は時代によって変わっていますが、現代は特に趣味の世界に入っていると思います。昔は子供が多く、したがって親戚が多かったため結婚式や入学式等、着る機会が今と比べて断然多い時代でした。それが少子化の時代に入り、着る機会が減って、フォーマルのきものは買わずとも貸衣装で済ますことが増えました。
こうした時代では、趣味のきものの需要に絞られていくように思います。時代の流れに合わせ、会社の特性を生かしたものを作り、それに趣味が合う人に買っていただけるようなものを作っていきます。