第8回は、帯地の製造・販売等を行っている㈱桝屋髙尾の社長、髙尾朱子(たかお・しゅうこ)さんにお話を伺いました。
──本日はよろしくお願いします。先日、今年のファミリーセールの日程が発表されましたが、桝屋髙尾さんは何か出品されますか。
〈髙尾さん〉
今年は小物の専用コーナーを設置するとのことで、そこに出品しようかと思っています。ふだん、小物は工場と当社の金閣寺サロンでしか扱っていませんが、その二か所に来られない人にアプローチするにはいい機会だと考えています。
──髙尾さんといえば帯のイメージでした。小物は前から作っていらしたのでしょうか。
〈髙尾さん〉
はい。「持続可能な社会の実現」、「SDGs」という世の中の流れに共感しており、弊社にできることとして残布や残糸を活用し、コロナ前から小物を作っていました。残布の利用はかなり以前からですが、残糸については工房にお越しになったお客様が、ゴミ箱に捨ててあった糸を使って是非アクセサリーにしたいと仰って、差し上げたのがきっかけです。本業の帯では「ねん金糸」というオリジナルの糸を使っていますが、太さが均一ではない太細の糸で、どうしても使えない部分が出てきてしまうため以前までは捨てていたのです。こうして本格的にSDGsの活動にのり出しました。残布を使った小物制作の難しい点は、またもや残布を生み出してしまうところです。それを解決するのが裂織です。こういう技法を駆使した製作や体験の提供も行うようになりました。
──ねん金糸とは、どのようなものなのでしょうか。
〈髙尾さん〉
芯となる手紬の真綿に箔を巻き付け、装飾性を高めたものです。愛知県にある徳川美術館から「ねん金」と書かれた裂の再現を依頼されたことがはじまりで、今では桝屋髙尾の代名詞のようになっています。手紬の太細のある糸を使っているため加工が難しく、専用の加工先にうちだけの仕事をしてもらっています。
──近年、西陣でも小物を作るところがますます増えてきたように思います。髙尾さんが小物を作るようになったのは、他に何か理由があるのでしょうか。
〈髙尾さん〉
やはり、和装だけで続けていくことに対する行き詰まりがあると思います。最近は小物制作だけでなくて、ものづくりの周辺事業も行っています。
作って売る、作って売るというサイクルで動くものづくりは、今の様にものが売れにくい時代には、現場に行きづまり閉塞感が生まれてしまいます。この状況を解消しようと、公開工房や手織り体験といった体験型のサービスも行っています。こうした織らない時間をもつことで逆に将来へ織る時間を持続させていく事を狙いました。
──公開工房や手織り体験もされているとのことですが、帯屋さんとしてどのような変化がありましたか。
〈髙尾さん〉
プラスの面からいえば、外からの素直なお声をもらうようになって職人さんたちのイキイキした顔が見られるようになったことが挙げられると思います。公開工房は工場の職人だけで運営できるようになっていて、それまでは誰の目にも触れず、黙々と作るような仕事だったところから考えると、空気に変化が生まれていると思います。一方で、当然のことながら前より製造のスピードは落ちました。製造業として納期のある仕事の場合には、以前よりも早めの準備を心掛けるようにしています。
──桝屋髙尾さんは、西陣の中でもかなり規模の大きいところです。本業ではどのような帯を織っていらっしゃるのでしょうか。
〈髙尾さん〉
創業期から織っているのは、しゃれ物の本袋帯です。父の代で「ねん金つづれ錦」という商品が大ヒット商品となり、「ねん金の髙尾さん」と呼ばれるくらいになりました。私の代では、ねん金糸の種類を増やしてきました。キラキラ光る箔だけでなく漆箔を使ったり、芯となる糸を手紬の糸から他の糸に変えるといったことをしました。これも持続可能なものづくりを実現するための施策で、ブランドを分けて妹ブランドである「朱虎」(Shuu-tra)で使用しております。
──商品開発の際には、どのようなことを心掛けていらっしゃるのでしょうか。
〈髙尾さん〉
やはり自分が締めたいか、使いたいかといったところは外せません。消費者と同じ目線に立てる点で、私が女性であることは一つの強みだと思っています。
当社の金閣寺サロンでは「きものの窓口」と称し、きものに関する困りごとを幅広く解決するサービスのお店です。これは以前、母が亡くなった時の経験がもとになっています。
母から多くのきものを受け継ぎましたが、これをどう整理するかたいへん難儀しました。まず何を残すか、残すとしてどう着るか、といった具合で、この悩みは自分だけのものではないと感じました。ですから、きものの窓口の第一号の相談者は私なのです。
──メーカーが消費者と直接接点を持つことについて、どのように考えておられますか。
〈髙尾さん〉
メーカーと流通の関係に関しては難しい問題ですが、どのような気持ちで、どのように作っているのかといった情報は、弊社へ来て頂いて、体感して頂いて、初めて獲得できるものだと思います。こうした情報を提供していくのは、単に自社が儲かるかどうかだけでなく、サプライチェーン全体に対してプラスの影響があり、ここに良い循環が生み出せると思っています。
流通の値段に対しても、高い・安いは個々人の価値観で、同じ商品でも、人によって高く感じる人もいれば安く感じる人もいます。ですから、私としては「メーカー直販だから安いんです」といった売り方は、だれも幸せにしない考え方だと思っています。ここでしか提供できないモノ・コト・サービスを提供し、魅力を伝えていきたいと考えています。
──そうしたことが今後の展望につながるのですね。
〈髙尾さん〉
その通りです。西陣には伝統がありますが、伝統を守るにも、そのままを受け継いでいく方法と、芯を抑えて革新的に守っていく方法の二通りがあります。私は明らかに後者で、伝統を守るためにも、新しいこともやっていかないといけないと思います。
先ほど触れた手織り体験や公開工房も、たとえば手織り体験で作成したパーツを組み込んで縫製し、製品としてお渡ししたり、工房で織り手さんと直接関わったりなど、来てくださるエンドユーザーの方が楽しいと思える体験は何かを常に考えています。このようにいろいろ考えて進めていくのは、けっこう楽しいものです(笑)